大イノコ祭り

竹が巨石を浮遊させる――広島の芸術が甦らせる儀式と伝統

広島市の繁華街エリアにある袋町公園で11月初旬に催される祭り。1990年代に「イノコフェスタ」として行われその後中断していたものを、2013年に復活させ現在も継続して開催されている。商売繁盛・無病息災・子孫繁栄の主に西日本で行われている「亥の子祭り」から着想を得て、地元アーティストたちと市民が協働して作り上げてきた、「広島の新しい伝統」である。ビルの合間にぽっかりと存在する公園だが、この祭りの数日間だけは突如として荘厳な巨大インスタレーション空間になる。

祭りの前日までに、公園のグラウンドには長さ13メートルもある立派な竹が88本円形状に立てられ、円の中心に1.5トンの大石が鎮座する。祭りでは、竹の先から伸ばしたロープを四方同時に1本ずつ大石に取り付けられた金輪に通す。綱引きのように子どもたちがひっぱり、ほどよく竹がしなったところで石に結びつけていく。びくともしない大石は、到底人の力では全く動かせそうにない。しかし、ある時ふっと動きはじめる。88本すべて結びつけるころには、ゆらゆらと宙に浮いているのだ。これが祭りの核となる装置になる。

ロープを持って体重をかけることで、宙に浮いた大石を揺らして本家の「亥の子祭り」のように地面に打ちつける。また、大石の上から餅まきをしたり、抽選にはなるが一般の人が乗ることもできる。

夜になると松明が焚かれ、大石を中心とした空間で「祝祭」がはじまる。広島の芸術家、音楽家、ダンサーを中心として作り上げる儀式のようなパフォーマンスだ。大石の周りで踊ったり、揺らしたり、奏でたり。「亥の子祭りの精神を受け継ぎながらも、自然が持っている多様で神秘的な力とのしなやかな交流を、今を生きる私たちにふさわしいスタイルで甦らせる(大イノコ祭りHPより)」、そのときの監修者や出演者、それぞれがそれぞれの解釈で作り上げているように思う。祝祭は年ごとに姿を変える、その年にしか体験できないものだ。

この大イノコの装置のルーツは、芸術作品にある。1987年に広島の山間部で行われたアートプロジェクトL'ARGENTで石丸勝三さんが発表した作品だ。川の流れの中にある大きな石に、両岸の木から伸ばしたロープをテンションをかけながら何本も結び木のしなりによって浮かび上がらせるというもので、当時の写真を見ると、まさに大イノコ祭りの原型だ。「竹は本当に魅力的。あんなに美しくてしなやかで、あんな重い石も持ち上げられる。自然の美しさと強さにはどうやっても叶わん」と勝三さんはよく謙遜しながら言っている。しかし、一人の美術家が作った作品が発展して、30、40年後には地域に根付く祭りになっているなんて、すごいことだ。

祭りの運営は「大イノコ祭りを支える市民の会」(以下「市民の会」)が担い、運営資金には88本の竹のオーナー「竹主」を募り、企業・団体・個人が協賛して支えている。市民の会は祭りまでに年に何度もミーティングをして準備を重ねる。メンバーは出身地、居住地、職業、年齢もさまざまだ。それぞれが得意分野を活かして、祭りを作り上げている。筆者も以前は市民の会に参加していたが、最近は当日だけ楽しむズルい人になってしまっている。それでも、準備を少し手伝わせてくれたり、当日笛を持っていけばイノコ節を吹かせてくれたりする。運営メンバーでなくとも関わり代があることもあって、多くの人が自分にとって身近で大事な祭りと思えるのかもしれない。

商店街のアーケード通りから路地に外れて少し歩くと突如目に飛び込んでくる、あの風景。竹に吊られた大石が地面に打ち付けられると、ドスンドスンと地響きがして竹の葉がしゃらしゃらと鳴り、夜空にライトアップされた真っ直ぐな88本の竹が中心に向かって一斉に首を垂れる。この祭りは世界中で唯一ここでしか見られない。

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写真は2019年(夜の方)と2022年(昼の方)の大イノコ祭り当日の様子と、2023年の祭り翌日の片付けの様子、すべて筆者撮影

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大イノコ祭り

住所:広島市中区袋町9-9 袋町公園